http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090105/122316/
松浦晋也の「宇宙開発を読む」 2009年1月7日
宇宙基本計画策定に向けて(2)
目指すべきはブートストラップ方式の産業立ち上げ、初期段階での安全保障分野への傾斜は最悪の選択
(前回記事はこちら)
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20081225/121723/
宇宙基本法の目的は、宇宙開発を国家戦略と国民生活の両面に役立てることで宇宙開発そのものも進展させることだ。つまり利用と開発とが両輪となって相互に刺激し合うことで日本の宇宙開発を進展させることを狙っている。
その一方で、日本の宇宙予算は限られており、その額は決して大きくはない。長年指摘されてきたことだが、GDP比で見ると世界的に見ても過小というレベルに留まっている。例え今後数年間、特例的な予算増があったとしても、この状況は根本的には変わらない。
従って、宇宙基本法の下で作成される宇宙基本計画では、効率的な国家予算の投資が不可欠になる。「利用と開発とが両輪となって相互に刺激し合う」ことで、投資が成果を生み成果がさらなる投資を呼ぶ「ブートストラップ」効果が狙える分野に投資していくことが必要なのだ。
残念ながら、現状で政界と産業界が狙っている安全保障分野への投資を増やすという手法では、成果がさらなる投資を呼ぶような拡がりは期待できない。むしろ初期段階における安全保障分野への傾斜は、現状で考え得る限り最悪の選択である。
宇宙分野の立ち上げのために最初に引っ張るべき“靴ひも”はどれか
日本が宇宙開発を通じて、どのような未来を展望し、同時に世界においてどのようなポジションを得るかは、宇宙基本法の第1章の各条文に書かれている。つまり、
1)国民生活の向上/安全な社会の形成/災害、貧困などの除去/国際社会の平和と我が国の安全保障(第3条)
2)産業の振興(第4条)
3)人類社会の発展(第5条)
宇宙基本法は第2章「基本施策」で、これらの目的の実現手段を以下のように規定している。
a)人工衛星利用システムの整備(第13条)
b)安全保障(第14条)
c)必要な技術開発の推進と施設や制度の整備(第15条)
d)民間の宇宙開発利用促進(第16条)
e)信頼性の維持向上(第17条)
f)先端的な利用と宇宙科学の推進(第18条)
g)国際協力の推進(第19条)
h)環境保全(第20条)
i)人材確保(第21条)
j)情報の管理(第22条)
これらの実現手段は、(1)ハード/ソフト両面に渡る必要な宇宙システムの整備(a〜c)、(2)民間産業振興と国としての技術の維持向上(d)、(3)宇宙科学など先端利用の推進(f)──とまとめることができる。gからjまではそのための条件整備と言えるだろう。
さらに(1)〜(3)は、国の施策→日本の産業振興と維持向上→国の施策にさらなる拡がりが出る、という流れを持っている。国の施策を通じて産業が回りだせば、自ずとその他の条件は付いてくるわけだ。
5つの方針、5つの利害
「宇宙基本計画の基本的な方向性について」にある5つの方針が。既存の動きとどう結びついているかを見ていこう。
「宇宙を地上の豊かさ・安心・安全に役立てる」は、具体的には宇宙航空研究開発機構(JAXA)、特に旧宇宙開発事業団(NASDA)系の衛星開発グループの生き残り策である。
NASDAは技術開発を行う特殊法人だった。当初は国産技術による通信衛星・放送衛星・気象衛星(CS、BS、GMS)の実現を目指し、これらの衛星を随意契約で日本メーカーに作らせて、技術の蓄積を目指していた。
しかし、1989年の対米通商交渉、通称「スーパー301」で、日本政府がアメリカに対して実用衛星の国際的な公開調達を約束した。この時点での日本メーカーの技術蓄積はまだ不十分であったため、アメリカのメーカーの衛星に性能面でも価格面でも太刀打ちできる状況ではなかった。このため、「アメリカから買ってくることができる」CS、BS、GMSを、日本で開発することは事実上不可能になってしまった。
その後、NASDAは海外でも実用化されていない先端技術を搭載した技術開発目的の衛星を開発する方向に特化していった。それはリスクを伴う道であり、1990年代に続発した衛星の機能喪失事故の原因の一つともなった。
宇宙基本法の制定過程で、政治の側からもっとも強く忌避されたのが旧NASDAの1990年代の衛星開発に代表される「技術のための技術開発」だった。何に役に立つのかが明確に示されないまま、高度技術の実現ばかりを狙うという姿勢が、「技術者の自己満足」と見なされたのである。
従って、JAXAの衛星開発は組織の生き残りのために、「高度技術の開発」に代わる基本方針が必要になった。JAXAが選んだのが「災害監視衛星システムの実用化と運用」だった。
1993年に奥尻島に壊滅的な打撃を与えた北海道南西沖地震、1995年の阪神淡路大震災、2004年の新潟県中越地震など、日本は世界的に見ても地震の被害を受けやすい地域に位置する。日本だけではなく東南アジア一帯は世界的にも自然災害が突出して多い地域であり、2004年にはスマトラ沖地震・津波が発生し、多数の死者を出した。プレートが複雑にぶつかり合う地質構造から発生する大地震、太平洋からやってくる台風、最近の地球環境変動に起因するらしき局地的な豪雨などの自然災害──これらを軌道上から観測し、被害規模を推定し、適切な情報取得で被害を軽減する。そんな衛星システムの開発を、JAXAは打ち出している。
ただし、災害監視衛星システムは当初光学衛星とレーダー衛星を各2機打ち上げるという、情報収集衛星並みの大型システムを想定していたが、現状ではレーダー衛星1機を先行して開発、打ち上げる計画となっている。
なお、「宇宙基本計画の基本的な方向性について」にはこの他に、地球環境変動を解明に向けた取り組みや、準天頂衛星(2010年打ち上げ予定)によるGPS補完システムなども書き込まれている。これらはすべて、JAXAの旧NASDAセクションの既存計画を追認したものだ。
「宇宙を活用した安全保障の強化」は、航空宇宙工業会を中心とした航空宇宙産業界の主張だ。その本音は、「こんなに少ない予算では産業の基盤がもたない。だから年間5兆円の規模がある防衛予算から、いくばくかを宇宙産業に回して欲しい」だ。
日本の宇宙産業、特に根幹となるロケットや衛星ビジネスの規模は、投下される国家予算の規模とほぼ等しい。民間でのビジネスがほとんど成立していないからである。
国の宇宙予算の予算規模が即産業規模という状況の中で、2000年代に入ってから予算規模の縮小が続いた。このため、メーカーは疲弊し、中にはこの分野から撤退したり、事業部の規模を縮小するメーカーも出ている。
「このままでは、そもそも産業が保たない」という危機感と、「縦割りの予算構造では、宇宙関連予算の増額は望めない」という判断とが、「安全保障分野に宇宙技術を売り込んで、防衛予算の枠の中からの発注を増やして、産業を活性化させよう」という動きとなっている。
このグループが狙っているのは既存の宇宙予算を傾斜配分的に安全保障用途に振り向け、同時に防衛予算からの宇宙への支出の呼び水にしようということだ。防衛省の予算は年間5兆円の規模があるが、その多くを人件費と正面装備の調達費用が占めており、防衛省は宇宙分野への急速な支出増加には消極的な姿勢を示している。ならば最初に宇宙予算を安全保障分野に注ぎ込んで安全保障用の宇宙インフラを構築し、衛星の寿命が尽きること代替需要を防衛予算から支出してもらうというシナリオである、
狙いは大きく分けて2つだ。
ひとつは、大陸間弾道ミサイルの発射を検知する大型の早期警戒衛星システム。
もう一つはより小型で有事に対応して即時に打ち上げることが可能な偵察衛星と小型で小回りが利く打ち上げシステムである。
「宇宙外交の推進」は、自由民主党の一部の議員が強く主張していることである。気象観測・地球環境観測・災害監視などの分野でアジア・太平洋地域やアフリカ・中南米地域に衛星データを提供するなどして、衛星データを積極的に活用し、リーダーシップをとっていくというものだ。一義的には宇宙基本法の精神である「宇宙を政策のツールとして使用する」という発想である。
その背景には、中国が外交のツールとして積極的に宇宙技術を利用していることへの危機感があるのだろう。中国は、ナイジェリアやベネズエラへ原油確保の代償として通信衛星を打ち上げ込みで援助・提供している。また中国は、アジア各国に「アジア版欧州宇宙機関」というべき「アジア太平洋宇宙協力機構条約(APSCO)」の創設を呼びかけており、今年10月にはパキスタン、イラン、タイ、インドネシア、バングラデシュ、モンゴル、ペルーが参加しての条約調印式を実施した。APSCOは、これらの国の国内における批准を待って今年末にも発足する予定である。
宇宙を着実に政策ツールとして利用する中国と、過去50年に渡って宇宙開発に支出しつつ、宇宙を政治のツールとして利用できないでいる日本との差が、確実に開きつつある。日本の政治には、そのことに対する危機感とあせりが存在する。
「21世紀の戦略産業の育成」は、経済産業省及び航空宇宙産業界が望んでいることだ。経済産業省は前身の通商産業省の時代、1980年代初頭から宇宙産業の立ち上げを目指しつつ、ここまで目立った成果を出せずにいる。それどころか官需頼みの航空宇宙産業は、防衛予算を当てにしなければならない状況に追いつめられている。
「宇宙基本計画の基本的な方向性について」では、「宇宙機器のシリーズ化による低コスト化・信頼性向上、小型化」「センサーなどの高機能化」という言葉が入っている。これは、経済産業省管轄の財団法人・無人宇宙実験システム研究開発機構(USEF)がNECと行っている小型衛星アーキテクチャ計画「ASNARO」を念頭に置いている。ASNAROは400kgクラスの小型衛星に共通して使える衛星バスを開発し、科学衛星や地球観測衛星など、様々な用途に使用することを狙ったものだ。
ASNAROは主に2つの分野に展開することを考えている。一つは、有事即応型の偵察衛星。つまり「宇宙を活用した安全保障の強化」で想定されている安全保障用途の官需だ。
デジタル技術の発達により、分解能50cm程度の性能は重量500kg衛星の衛星で実現することができる。かつての冷戦時代には、アメリカと旧ソ連の偵察衛星しか達成できなかった性能を、今や比較的小型の地球観測衛星が実現する状況となっている。
有事即応型の偵察衛星は、「軌道上で常時大型の偵察衛星を運用するよりも、有事が発生した際に即時に小さな衛星を打ち上げ、運用したほうが柔軟に事態に対応できる」という発想だ。
もう一つは、現在発展途上国で増大している高分解能地球観測衛星需要に向けての売り込みである。
現在、アジア・アフリカ・南米などの発展途上国では2種類の衛星に対する需要が存在する。一つは、地上インフラの整備なしに国内の通信需要を一気にまかなうことが可能な大型の静止通信衛星。もう一つが、国土の利用実態調査や詳細な地図作製に必要なデータを取得できる、高分解能地球観測衛星だ。後者については、各国とも安全保障の面からも必要であると考えており、1m以下の物体を認識出来る衛星への需要は大きい。
この分野では、世界の小型衛星開発をリードしてきた英サレー大学と大学ベンチャーのサレー・サテライト・テクノロジー社が積極的に売り込みを図っている。その一方でイスラエルや韓国がそれぞれ独自の衛星を開発し、海外市場への売り込みを図っている。「これらの競争者に市場を取られる前に、積極的に出て行って市場を取っていこう」という姿勢である。
「人類の夢・次世代への投資」は宇宙科学及び、取得データを利用する科学者のコミュニティからの要望といえるだろう。もっともプリミティブ、かつ確実に宇宙から成果を引き出せる分野で、宇宙開発に関する長期的な計画や方針にはかならず言及される分野だ。しかしどの文書でもだいたいのところ、言及の順序は最後である。
この分野は、常に他の科学分野との間で「なぜ宇宙はあれほど予算を潤沢に使えるのか」という批判と嫉妬にさらされてきた。確かに宇宙科学に投じられる予算は、科学の範疇では高エネルギー物理学と並んで2大ビッグ・サイエンスというにふさわしい。しかし、人類の宇宙空間における活動として見ると、日本の宇宙科学予算は欧米の宇宙科学分野に比べるとはるかに少ない。日本の宇宙科学の歴史は、常に足りない予算でいかにして欧米を超える成果を挙げるかという試行錯誤の繰り返しだった。
「宇宙基本計画の基本的な方向性について」では、この項目に「有人宇宙活動である国際宇宙ステーション計画などを引き続き着実に進める」という一言も入っている。これまで、科学技術庁から文部科学省へと担当官庁が変遷する中で、公文書における国際宇宙ステーション計画への言及の順番が最後に来ることはなかった。それが、宇宙科学とひとくくりで最後に言及されているということから、取りあえず日本モジュール「きぼう」が軌道上に上がったことで、これからの運用こそが計画の本番であるにも関わらず、官の側に「積年の重荷がひとつ片づいた」という感覚が存在するらしいことがうかがえる。
ここまで見てきたように、「宇宙基本計画の基本的な方向性について」は、今のところ従来の宇宙開発委員会における議論と同様に、「既存勢力の動きをまとめた総花的な中期計画」という構図から抜け出ることができないでいる。これは、宇宙基本法の成立を推進した政治家にとっても、各官庁から内閣官房・宇宙開発戦略本部に出向して集まってきた官僚にとっても、航空宇宙産業関係者にとっても、ひいては納税額のいくばくか宇宙開発に使われることになる日本国民にとっても不幸な事態であろう。
今、行わねばならないのは、既得権益やこれまでの経緯やしがらみから離れて、「冷静かつ客観的に日本の現状を分析し」「もっとも重要な基本方針を定め」「その基本方針から演繹的に個々の宇宙計画において何をするかを決めていき」「最終的にすべての結果が関連し合って日本の宇宙開発を進展させるように仕組む」という作業だ。
次回以降のこの連載で、それらの作業に取り組んでみることにする。
松浦晋也(まつうら・しんや)
ノンフィクション・ライター。 1962年、東京都出身。日経BP社記者として、1988年〜1992年に宇宙開発の取材に従事。主に航空宇宙分野で執筆活動を行っている。著書に『われらの有人宇宙船』(裳華房)、『国産ロケットはなぜ墜ちるのか』(日経BP社)、火星探査機『のぞみ』の開発と運用を追った『恐るべき旅路』(朝日ソノラマ)、スペースシャトルの設計が抱える問題点を指摘した『スペースシャトルの落日』(エクスナレッジ)などがある。
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