2009年01月04日

構造変化に目をつむる日本

http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2009/01/post_156.html
田中良紹  2009年01月03日

構造変化に目をつむる日本

 「百年に一度の危機」と言いながら、「まず景気対策」と言う日本政府の対応は、いかにも現在の政権に見合ったスケールの話である。
景気対策を悪いと言っている訳ではないが、世界の構造が変わろうとしている時にそうした発想しか出てこない所に何とも言えない淋しさを感じてしまう。

 今から10年ほど前にも金融危機があった。
山一証券や北海道拓殖銀行などが相次いで破綻し、橋本政権が参議院選挙に敗北して退陣を余儀なくされた。
代わって登場した小渕政権はひたすら公共事業によるバラマキを行い、1998年の通常国会は金融危機から脱するための「金融国会」となった。与野党に「政策新人類」と呼ばれる若手議員が台頭し、小渕政権は民主党の「金融政策」を丸飲みしたが、当時の民主党は「日本発の金融危機を世界に波及させないため政局にはしない」という珍妙な論理で、せっかくの政権交代のチャンスを自ら潰した。

 その頃私は「国会TV」というチャンネルをCS放送に立ち上げ、現職国会議員をスタジオに呼んで、それに視聴者が直接電話で質問するという生番組を放送していた。アメリカのテレビが行っている「コール・イン」という手法を真似たものだが、ぶっつけ本番で演出が効かないために日本の放送局はどこも怖がって真似出来ない。司会をしていた私はどんな質問が飛び出すかが分からないので毎回緊張した。視聴者の質問にはくだらないものもあれば考えさせられるものもあり、国民の民度が分かって大変勉強になった。

 「金融国会」の最中だったから、国会議員は「景気」が国民の最大関心事だと思いこんでいる。だから番組に出演した議員は異口同音に「景気対策に力を入れます」と決意表明した。
ところが視聴者はそれに関心を示さない。視聴者の声を要約すれば、「不景気は勿論困るが、生活のレベルを切り下げれば済む話だ。それよりも日本の将来が見えない。子供達の未来が見えない。その方が問題だ。景気よりも教育や国の未来に力を入れてくれ」というものだった。
視聴者から「生活のレベルを下げても良い」と言われた議員達は目を白黒させた。

 それから3年して小泉総理が登場し「米百俵」の話を持ち出したとき、この総理は国民に潜在する意識を分かっていると感心した。「米をみんなで分けてしまえばすぐになくなるが、一時の我慢をしてその米を教育に投資すれば、長い間皆が幸せになれる」という話には日本人の心を捉える力がある。
今回の金融危機に際して麻生政権が「まず景気対策」と言ったとき、その事を思い出した。

 しかも今回はただの危機ではない。百年に一度の危機だと言う。
前にも書いたが80年前の大恐慌は世界に構造変化をもたらした。
資本主義経済では問題が解決できず、修正資本主義の「ニューディール政策」でも問題は解決できず、問題を解決したのは計画経済、統制経済、そして戦争であった。
それと同じ事を繰り返す愚は避けなければならないが、それに匹敵するスケールの知恵を世界は考え出さなければならない。
だから世界の構造変化は避けられない。
その事に日本はどう対応しようとしているのか。それがさっぱり見えない。

 実は20年ほど前にも世界は大きく構造変化した。冷戦の終焉である。
丁度その頃私はアメリカの議会中継専門テレビ局の日本での配給権を取得した。そのためアメリカ議会の議論を見ることが出来た。
冷戦後の世界にどう対応するかの議論にアメリカ議会は2年以上の時間をかけた。その議論を見て初めて国家というものが何を考え、何を議論し、どのようなシナリオを作るかのプロセスを見ることが出来た。

 議論は多岐にわたるので、一つだけCIAのケースを紹介する。
CIAは冷戦によって生まれた対ソ諜報機関である。ソ連の核がどこにあるかを探ることが主要任務だった。
ソ連が消滅したのだからCIAも廃止するのが筋道である。
議論はそこから出発した。

 ソ連の核の脅威は消滅したが、ソ連の核技術、核科学者、さらに核そのものの拡散を防ぐことは出来るのか。それが延々議論された。
次に東西対立の枠組みがなくなった後の世界の枠組みについて議論された。
またイデオロギー対立の次に来る対立は何かが議論された。
さらに偵察衛生などの情報収集技術についても議論された。
それらの議論によって、第一に核拡散の脅威は存在し続ける。
第二に東西対立に代わりナショナリズムが台頭する。
そして宗教、文化、民族などによる対立が激化する。
従ってより複雑な脅威にアメリカはさらされる。
これに対応するには従来の軍事戦略と諜報戦略の抜本的な見直しが必要になるとの結論に達した。
結果としてCIAは冷戦時よりも拡充され、他の諜報機関の頂点に君臨する組織となった。

 アメリカの議論の仕方は冷戦時代の構造をいったん白紙にし、全てを一から作り直すようなやり方である。
さらにその議論にはアメリカが一国で世界を全て管理するという使命感が溢れていた。
一方では同盟国日本についても議論された。ソ連に代わる次の脅威として「異質な日本経済」が俎上に上り、日本経済の「封じ込め」について精力的に議論された。
その政策がクリントン政権になって表面化する。
日本国内ではクリントン政権を「反日」とする見方があるが、あれは冷戦の終焉がもたらした議論の帰結で、他の政権でも同じ対応をした筈である。
日本のメディアが冷戦終結後のアメリカの議論を詳しく日本に紹介しないから理解できないだけの話だ。

 アメリカ議会がそうした議論をしている時、日本国内には冷戦の終焉を巡る議論が全くなかった。
当時の宮沢政権は、バブル崩壊後の日本経済をどうするか、小選挙区制を導入する政治改革をどうするかだけを問題にしていた。
冷戦の終了については、「これで日本も平和の配当を受けられる」という「平和ボケ」を絵に描いたような楽観的で単純な認識を示していた。
心配になった私は外務省の高官に霞ヶ関の中ではどのような議論があるのかを聞いたが、どこにも議論されている様子はなかった。
こうして日本は20世紀後半に起きた世界の構造変化に目をつむったまま生きてきた。
だから冷戦時そのままのアナクロ評論が今でもメディアでもてはやされる。日米安保体制に胡座をかいたような議論が今でもまかり通っている。

 今回の危機によって世界は冷戦の終焉に次ぐ構造変化の時を迎えようとしている。
世界の基軸通貨であるドルの信用が失墜した。アメリカの大量消費に支えられてきた世界経済は構造変化を余儀なくされる。
世界最強のアメリカの軍事力が世界を震撼させたのも湾岸戦争からコソボ紛争までだった。アフガンもイラクもアメリカが勝利したかと言えば疑問符がつく。
つまり冷戦後のアメリカ一極体制は変わりつつある。
これは全てを白紙にして一から世界を考え直すチャンスである。
冷戦の終焉以降はなおのことアメリカに「封じ込められた」日本が自立するチャンスでもある。
それによって1985年から凋落を続けている日本が踏みとどまれるかもしれない。

 しかし現在の政権はそれどころではないようだ。
国家の命運や将来よりも政権交代を一日でも遅らせるために全精力を傾けている。
国民に最も関心があると思い込んだ「景気対策」のアピールと、一日でも長く政権を続けることが自民党のチャンスにつながると考えている。
太平洋戦争末期の日本は3月10日の陸軍記念日に首都東京が大空襲に遭ったにも拘わらず、降伏をせずに頑張った。おかげで4月に沖縄戦が始まり、8月には原爆が投下される事になる。戦略もなく頑張ると被害は大きくなるという例である。
従って「総理の気力が大事」とか「党の団結が大事」とかが言われ出すと、自民党にとってもこの国にとってもマイナスが大きくなると思ってしまうのである。
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